日々を感じて。


by arasanno
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性格のよしあし

性格がよいからといってしあわせになれるわけではない

けれど、
やはりどうしたって
性格のよいひとに肩入れしたくなるものだ

ところで
性格のよしあしとはなんであろう?

あたしが考えるに
相手のキモチにたって物事を考えたうえで
行動できるひとは性格がいいひと。

相手が不愉快になることをわかったうえで
あえてその行動をとるひとは
性格が悪いひと。

ちなみに
気づかずにそのような行動をとった場合は
気づいた時点で罪悪感に襲われ
次回は気をつけよる、
もしくはそのことについて自己憐憫に浸らずに
深く考えられるひとはよいひと。

つまりは

共感性と客観性のバランスの問題だとおもう。


因みに
わからない、とか
普段なにも考えてないと公言するひとは
危険要因をもっている

つまり
そのようなひとほど
自己を振り返る力がないから
ひとのせいにしたりしがちだからだ。


要領よく生きるより
よりよい、自分に恥じないひとでいたい

最近強くそうおもう
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# by arasanno | 2011-03-01 22:34

忘れた頃にふと夢をみる
あの夢だ

目が冷めると四時をまわっていて
泣いている自分に気づく

夢と現実の区別がつかなくて
あのときの感情が波のように押し寄せ
過呼吸になりパニックになる


離婚して三年以上たつのにこの有様

前向きにいきよう
前にすすまなければ

そう思って
必死になって
考えて
過去を切り捨ててきた

自分を成長させることでしか
自分を幸せにすることはできないし
ひとを幸せにすることはできない


この傷は重すぎて分かち合おうというひとは
未だ現れない。
わたしは誰かの痛みを理解し支えても
残念ながら
わたし自身を受け止めてくれるひとは現れない

あのときから
しんじられるのは自分しかいない
と理解したのに

甘ったるい
どこかでひとへの期待をしている。
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# by arasanno | 2011-02-13 04:35

1年ぶりに


ほぼ1年ぶり

私は前進しているようでしていない

ある一定の時期から停滞した状態が続いている


鬱積したいろんな感情でパンパンになり
いつかどうにかなってしまいそうになる


あのとき
吐き出すこと
書くことの浄化によって
救われた私は


なにかがかわるという期待をもっているのかもしれない
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# by arasanno | 2011-02-11 21:43

「これが人間か」

 プリモ・レーヴィ
http://www.ne.jp/asahi/imaju/taihen/kim/art-1.html

はきけがする。

ひとのなかにねむる、おそろしさ。

それはけして
たにんのなかに、ではない。

じぶんのなかにもねむる
かのうせい

あいつがあく、だと
あたまがおかしいやつだと
ひとくくりにしてしまえば
げんじつからめをそむけることはできる

けれど
そうではないのだ

まずはじぶんじしんをみつめること
これがにんげんだと
りかいすること。

ひとはしんじられないくらい
すばらしくもなれるが
しんじられないくらいざんにんにもなれる

それをりかいするしないは
おおきくちがうのだと。

だから
つねにいしきしなければならない

はきけがするほどの
じぶんにむきあうこと
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# by arasanno | 2010-03-03 23:54

気付き

思考を止めないこと。



そこにあるものより

それをどう解釈したか

そこに気付きを得ること


それがひとを成長させるのかな、
そうおもう
今日この頃
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# by arasanno | 2010-02-23 21:11

神は死んだ



http://www.h5.dion.ne.jp/~kim-n/word/100think/t005.html

まったくの同意見である。

あたしが嫌いなのは
意見や感情を『自分のもの』とはせず
『一般化』することである

これはあまりにも素直さに欠ける
不器用でみっともない遣り方におもえる

一対一の戦いに
卑怯にも同意すら得ていない他者を巻きこむのと同じであるうえに
まったくもって、自分の意見や根拠を欠いているように
あたしにはかんじられるからだ

また
あたしの場合、
不愉快とおもったとき
なぜ不愉快と感じたのか?
まず、自分のなかを巡らせる


他者に全てを押し付けることは
あまりにも甘い考えのような気がするからだ。


加えて
常識を振りかざすひとは
常識に守られているゆえに
常識を振りかざすので

いざ,そこからはずれたときに
対応できないということがいえるような気もする

そしてそうならないために
外部の人間にたいして
排他的、差別的な態度になざるえなくなる

神は死んだ
http://www7a.biglobe.ne.jp/~estrella/colum20.html

自分が生きてきて
感じ、
考えたこと

それのみが真実だ

この世にまちがいなどひとつもなく
全てが真実だ

それは
私がかんじ、考えることも
あなたのかんじ、考えることも。
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# by arasanno | 2010-02-20 09:19

スーツケース

『別れるときって、付き合ってた時間かえしてっ!て思いますよね』

7つも年下のオンナのこにそう同意を求められた。

キレイゴトなんかじゃなくて
あたしはそんなことかんじない、と気付いた。

かなしいことも
苦しい日々も
みっともない月日も
度々経験したけれど。

なんだかんだ、
過去のまわりのひとにも
辛い経験にも
自然に感謝できるようになっている自分に気付いた

多分、それは経験があたしに教えてくれたのだ
根暗なあたしの内省的な部分も
たまには役にたつのだ。

生きる意味なんて
きっと一生わからないし
そもそも、そんなもんなんてないんだろうけど

どう生きれば自分にも相手にも優しいか、とか。
どうせいずれ死ぬならシンプルで優しい生き方をしたいな、とか。

そんなこと。


いい年のとり方したのかな。

31になり
まだまだ未熟で自己嫌悪に陥ることもあったけれど

そこだけは自信もっていいのかもしれない。

今週の占いにはこんなことが書いてあった。
『今、真の喜びで輝きたいのだったら、内なるキャンドルに火をともして
ください。
今、あなたの人生で何が起こっていようとも、
純粋であってください。
強くあってください。
賢くあってください。
謙虚であってください。
そしてハッピーであってください。
そうしたら、あなたは次に行くべきところへ自然に導かれるでしょう。』

いままた壁にぶちあたり
こころが折れそうになるけれど

また信念とともに、

純粋で
強く
賢く
謙虚で

乗り越えればなにかがみえることを信じて。
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# by arasanno | 2010-01-09 18:17
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今年もよろしくおねがいします。
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# by arasanno | 2010-01-09 11:40

他尊心

テレビをみながら泣きそうになった。

キリコの離婚。

行列のできる相談所で
キリコが責められていた。

浮気されたぐらいでジタバタすな
浮気させたおまえがわるい
愛人はわるくない
おまえはそんなんで、一生ひとりやぞ
彼は今年彼女と6年ぶりに楽しいクリスマスや!




キリコのきもちをおもうと
胸がはりさけそうになった。


確かにそこに至るまでには
いろいろなことがあったかもしれない

しかし夫婦のことは夫婦にしかわからないし

第一すでに傷ついたであろう彼女を
それ以上傷つける権利はあなたにはなかろう


自分の痛みには過敏なのに
ひとの痛みには鈍感なひとがおおすぎる


しかし、
そんなひとにはそれなりの人生しかやってこないだろう


押尾学の愛人の両親だとて
娘を見捨てた押尾を責める前に
嫁の矢田亜希子のきもちを考えたのか?甚だ疑問だ
謝罪の姿もみたことがない

娘同様、
自分のきもちしか考えられないのだろう


死んで当然な人間なんて
この世にいるわけないが
彼女こそ
キリコ以前に自己責任じゃないのか?


ひとのきもちはおしはかって
全てわかるわけはない


しかし、自分を大事におもうのと同様に
自分以外のひともおもいやるきもちはもちたい

自分がされていやなことくらいは
相手にしない優しさを失いたくない


なにが醜いか
いちばんみっともないことなのか

ひととしての尊厳を失わないためにも
いま一度考えてみてもいいのではなかろうか
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# by arasanno | 2009-12-08 08:01

出逢いは必然?

出逢ったひと

出逢ったことば



最近、意味の無い出逢いはないなあ、とつくづくおもう



悩み苦しむときだから、

そこに意味を見出すのか



はたまた、

未熟な自分の人生の勉強のために

神様が試練やヒントを与えているのか。





あたまやココロがかたくなってしまったときには

それを壊すための試練が。

悩み苦しむときには、ピンとくることばが。



最近、ずっとマイブームな糸井さんの

ほぼ日刊イトイ新聞-ダーリンコラム

今回のコラムは

<切れない思いは、ぞうきんだ。>

http://www.1101.com/darling_column/index.html

なんや、自分に言われているみたいで
やはり出逢いは必然なのかなあ、なんておもう。

切れない思いはぞうきん!
。。。
そう考えたら、なんだかおもいつめていた自分がばかばかしくなった。


『思い』で潰れたり、自ら命をたつひともいて

それはとても重要なことにみえるけれど
『思い』は『重い』であってはいけないんだなあ

人生に必然なことはじつはそうは多くない
案外なんとかなるもんさ、と

ぞうきん、程度に考える軽さが好循環を生み出すこともあるのだ。
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# by arasanno | 2009-11-26 03:21